僕が囲碁を始めた理由 December 29, 2008
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最近、囲碁(wikipedia)を始めた。

かなり以前から興味はもっていたのだが、娯楽に割く時間が全くとれず数年経ってしまっていた。 いまも時間がない状況は変わっていないから、下手をすると一度も対局しないまま「もうやめた」ということにもなりかねない。

とはいえ、さしあたり本を読んでいるだけでも練習になりそうなので、じわじわと勉強してみるかという気になっている。 囲碁に興味を持った理由は、もっとも純粋度の高い抽象ゲームに見えたからだ。

構成要素が黒石、白石とそれを置く目しかない。 将棋なら王をはじめ金銀飛車角など多種類の駒が設定されているし、麻雀にもマンズ・ピンズ・ソーズ・字牌など複雑な要素からなりたっている。

将棋や麻雀より構成がシンプルな分、一手あたりの自由度と局面の変化の可能性は囲碁の方が大幅に高いのではないかと思う。 一般的なゲームを無目的に進めれば単にゲームとして成立しなくなるだけで意味がなくなるが、囲碁の場合はかなり混沌としても地の大小ができてしまうため勝敗は成立するだろう。 この自由度の高さに魅かれる。

実はテレビゲームも機会があればまた再開したい意向もあるのだが、もう時間のかかるゲームは事実上やれないことが明らかになっている。 しかもドラクエを典型とするRPGなどは結局描かれた既定のシナリオをたどるだけなので「遊ばされている」感が強く全くやる気がでない。攻略サイトなどを眺めていると「これでいいじゃん。自分で進めるよりよっぽど面白いし」という気になってくる。 多くのテレビゲームはシナリオの消化が主目的になっているから、もう自分の娯楽用途とはおそらく合わない。 そういう意味でもシナリオを一切廃した抽象ゲームがいま熱い、と考えるようになった。

また、囲碁は局面に分割して考えられるから、スキマ時間を使って勉強できる点がうれしい。 この点はひょっとしたら将棋でも同じかもしれない。 囲碁の場合はトポロジーだけが問題だから、ある局面の考え方が他の局面でも通用する可能性は高いのではないかと思う。 かたわらに本を転がしておいて空いた5分で1局面を読む、というような使い方ができるのが良い。

局面ごとの定石を積み上げることで上達できるのだから「気長にやっていれば何となくそれなりに強くなれるのではないか」という期待もある。 自由度が高く不確定な状況で一手一手を決断していくというゲームの流れは、戦略的な思考力強化に役立つような気もする。

いかにも地道な渋さが囲碁の持ち味だと思うが、その地道さがライフワークにできるほどのゲーム性の高さにつながっていくのではないかという期待があって、これから囲碁を勉強していこうと思う。

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